大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和60年(ワ)14591号 判決

原告

瀧井誠

被告

有限会社田村運輸部

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し二二八万〇三〇〇円及びこれに対する昭和六〇年九月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告らは、原告に対し六〇二万〇一七九円及びこれに対する昭和六〇年九月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  被告小林弘二(以下「被告小林」という。)は、昭和六〇年七月九日午前一一時二三分頃、普通貨物自動車(足立四四い八六三六、以下「加害車両」という。)を運転し、千葉県浦安市東野一丁目八番地先道路を東京都方面から市川市方面に向かい時速約五〇キロメートルで走行中、道路左端に故障のため駐車していた普通貨物自動車(足立四〇す三九〇九、以下「被害車両」という。)の後部右側に自車前部左側を追突させ、被害車両を破損させるとともに、付近にいた原告を転倒させて頸椎捻挫等の傷害を負わせた。

2(一)  本件事故は、被告小林が過労もしくは居眠り運転による前方不注視の過失により発生したものというべきである。

よつて、被告小林は、民法七〇九条により本件事故によつて発生した損害を賠償する義務がある。

(二)  被告小林は、被告有限会社田村運輸部(以下「被告会社」という。)に雇われ、被告会社所有の加害車両を運転してその業務の執行中に本件事故を惹起したものである。

よつて、被告会社は、民法七一五条により本件事故によつて発生した損害を賠償する義務がある。

3  原告の被つた損害は、次のとりである。

(一) 被害車両の破損による損害 八八万一六二〇円

(二) 仕入魚の廃棄による損害 二六万八二〇〇円

(三) 眼鏡、衣服の破損による損害 二万七〇〇〇円

(四) 代車使用による損害 二九万七〇〇〇円

原告は、被害車両を破損させたため、昭和六〇年八月二七日から一〇月三〇日まで代車を一日四五〇〇円で借受けて使用した。

(五) 入院費用 一二万三九〇〇円

付添費用八万円、交通費一万八九〇〇円、雑費二万五〇〇〇円

(六) 通院費用 一二万五七四〇円

交通費六万二七四〇円、治療費 六万三〇〇〇円

(七) 冷蔵魚の廃棄による損害 一六万六三二六円

(八) 営業再開費用 三五万四九七〇円

(九) 板前雇入費用 一〇四万〇四六〇円

(一〇) 休業損害 一九八万七六七四円

原告は、本件事故当時、市川市内で寿司店を経営していたが、本件事故による負傷のため、昭和六〇年七月八日から同年八月二八日までの五一日間休業を余儀なくされたところ、右寿司店の一日平均の売上高は八万七三二七円で、一日平均純益は三万八九七四円であるから、原告の右休業による損害は合計一九八万七六七四円である。

(一一) 慰藉料 二〇万円

(一二) 弁護士費用 五四万七二八九円

4  よつて、原告は、被告に対し以上の損害合計六〇二万〇一七九円及びこれに対する本件事故発生の日の後である昭和六〇年九月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の(一)の事実は否認し、その主張は争う。同(二)の前段の事実は認めるが、後段の主張は争う。

3  請求原因3の事実は不知。

4  請求原因4の主張は争う。

三  被告らの過失相殺の抗弁

本件事故現場は、自動車の交通量が極めて多く、片側二車線を有する国道で駐車が禁止されており、高速自動車道路に準ずるものであるところ、原告は、車両故障のため駐車してけん引作業中であつたものであるが、かかる道路上にやむなく駐停車する場合には、右道路を走行する車両と衝突等の事故防止のため、当該自動車が故障により停車しているものであることを表示すべきであるのにかかわらず、これをしなかつた過失があるから、原告の右過失を損害賠償額の算定にあたつて斟酌すべきである。

四  過失相殺の抗弁に対する否認

過失相殺の抗弁事実は否認し、その主張は争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いない。

二  そこで、被告らの責任について判断する。

1  いずれも成立に争いがない乙第一、三号証、同第一〇ないし一二号証、同第二四ないし二六号証の各記載によれば、被告小林は、加害車両を運転して千葉県浦安市東野一丁目付近に差しかかつた際、眼鏡を座席の隙間に落としてしまつたため、これを拾うべく左手を延ばし、左側下方を見ながら走行していたが、眼鏡を容易に拾うことができなかつたため諦めて顔をあげて前方をみたところ、自車前方の道路左端に駐車していた被害車両に気付き、衝突を避けるため急ブレーキをかけたが間に合わず、自車を被害車両に追突させたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定の事実によれば、被告小林には前方注視義務を怠つた過失があることが明らかであるから、被告小林は、民法七〇九条により本件事故により発生した損害を賠償すべき義務がある。

2  請求原因2(二)の前段の事実は当事者間に争いがなく、被告小林に過失があることは前判示のとおりであるから、被告会社は、民法七一五条により本件事故によつて発生した損害を賠償すべき義務があるというべきである。

三  進んで、原告の被つた損害について判断する。

1  被害車両の破損による損害 七〇万円

成立に争いない乙第一九、四四号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四四号証の各記載によれば、原告は、昭和五九年五月一〇日、被害車両を諸費用を含めて九一万三五〇〇円で購入したが、本件事故により大破され、使用不能になつたことにより七〇万円の損害を被つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  仕入魚の廃棄による損害 二六万八二〇〇円

成立に争いない乙第一七号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四七、四八号証、同第五〇号証、同第五二、五三号証の各記載に原告本人尋問の結果を総合すると、原告は、本件事故当日、東京築地の魚市場から寿司種の魚を仕入れ、これを被害車両に積載して自宅に帰る途中であつたが、本件事故による負傷により救急車で浦安中央病院に運ばれて同病院に入院したため、仕入れた魚を廃棄処分することを余儀なくされ、このことにより二六万八二〇〇円の損害を被つたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  眼鏡、衣類破損による損害 〇円

原告主張の右損害ないしその損害額を認めるに足りる確たる証拠はない。

4  代車使用による損害 一三万五〇〇〇円

原告本人尋問の結果とこれにより真正に成立したものと認められる甲第五一号証の記載によれば、原告は、本件事故により被害車両を大破させられたため、昭和六〇年八月二七日から同年一〇月三一日まで宇田川銀金工業から一日あたり四五〇〇円の料金で代車を借り受けて営業を再開したことが認められるが、営業再開後約一か月の余裕があれば、被害車両に代わる自動車を購入してこれを使用することができたことが原告本人の供述により窺われるところであるから、原告の代車使用による損害は三〇日の限度で相当損害と認める。

5  入院費用 八万五〇〇〇円

成立に争いない甲第七九号証の記載に原告本人尋問の結果を総合すると、原告は、本件事故により頭部外傷、前頭部顔面挫創、頸椎捻挫、腰部捻挫の傷害を負い、昭和六〇年七月九日から同月二三日まで一五日間入院したこと、そしてその間七日間は食事用便の介助のため付添看護を要したことが認められるので、その間の入院付添費用の損害としては合計七万円(一日あたり一万円)、入院雑費の損害としては一万五〇〇〇円(一日あたり一〇〇〇円)をもつて相当と認め、それを超える請求は理由がない。

6  通院費用 一万七〇〇〇円

成立に争いない甲第八〇号証の記載と原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和六〇年七月二七日から昭和六一年六月九日までの間に三四回浦安市の葛南病院にタクシーで通院して治療を受けたほか、東京都江戸川区の保戸田はり、灸治療院に通院して治療を受けたことが認められるが、原告の病状に照らしタクシーで通院しなければならなかつたとは到底認められず、また、原告のはり・灸治療が医師の指示による必要不可欠な治療であつたと認めることもできない(この点に反する原告本人の供述は採用できない。)。

したがつて、原告の通院治療関係の損害については、葛南病院への三四回の通院費用として一七〇〇〇円(電車・バス等を利用するとして一回あたり五〇〇円)の限度で損害と認めるのが相当であり、それを超える請求は採用できない。

7  冷蔵魚の廃棄による損害 〇円

原告本人尋問の結果によれば、原告の本件事故による負傷、入院によつて寿司店の営業が不能となり、そのため事故前から仕入れて保存していた寿司種としての冷蔵魚を廃棄するに至つたことが認められるが、その冷蔵魚の種類、数量、仕入価額を確定するに足りる証拠はなく、右請求は認められない。

8  営業再開費用 一六万五一〇〇円

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第五ないし一六号証の記載と原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故後に営業を再開するにあたり、営業再開の新聞折込み広告を出したり顧客に対し洋毛肌掛布団等の品物などを送り、広告料一六万五一〇〇円を含めて約三五万円を支出したことが認められるが、原告経営の寿司店の規模、休業期間等に照らし、本件事故と相当因果関係のある損害としては広告料一六万五一〇〇円をもつて相当と判断する。

9  板前雇入費用 〇円

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一ないし三号証の記載に原告本人尋問の結果によれば、本件事故の前には、原告の経営する寿司店では、原告のほか、その妻、職人一名、パートタイムの店員、出前用の店員の五名が働き、職人は寿司を、原告が寿司と和食を担当していたが、昭和六〇年八月二九日に営業を再開してからも約二か月間板前を一人ないし二人を雇い入れて営業したことが認められる。この点に関し、原告本人は、本件事故前は原告一人で寿司と和食もやつていたが、事故後原告の体調が優れないため特別に板前を雇い入れたものである旨供述するが、原告の右供述部分は、右認定の事実及び原告本人のその余の供述部分と対比してたやすく採用し難く、原告の症状や右原告経営の寿司店の経営状態に照らし、右板前の雇い入れないしこれによる出捐が本件事故によつて生じた相当損害と認めることはできないものといわざるを得ない。

10  休業損害 五一万円

官公署作成部分について成立に争いなく、その余の部分については弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第七一ないし七七号証の記載と原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は、本件事故による負傷、入通院のため、原告の経営する寿司店を昭和六〇年七月八日から同年八月二八日まで五一日間休業したこと、原告の経営する寿司店の昭和六〇年三月九日提出の青色申告書では、昭和五九年の年間売上高は三一八七万四六〇三円であるが、経費として三二五三万四〇三一円を支出したため、差引き六五万九四二八円の損失となつた旨申告されていること、原告は、昭和六一年三月の青色申告書を提出するにつきみなし法人課税を選択し、原告自らの事業主報酬を年間二四〇万円と定めて記載していること、原告が昭和五九年当時雇い入れた五三歳の女性の年間給料が一四八万六三五〇円で、三三歳の男性の九か月間の給料が一六一万二九五〇円(一か月平均約一七万九二一六円)であること、が認められる。この点に関し、原告本人は、前記確定申告の売上高と仕入高は誤魔化しであつて真実は年間一〇〇〇万円を下らない所得があつた旨供述するが、右供述を裏付けるに足りる客観的証拠は全くなく、たやすく採用することができない。

右に認定した原告の事業主としての報酬、雇い入れ人の給料に原告の経営する寿司店の規模、昭和六〇年の全年齢男子の平均給与額等諸般の事情を総合すれば、原告の経営する右寿司屋を休業したことによる損害は、控え目にみて一日一万円程度と認めるのが相当であり、したがつて、原告が経営する寿司屋の営業を五一日間休業したことによる損害は合計五一万円となる。これを超える原告の休業損害は合理的根拠がなく採用することができない。

11  慰藉料 二〇万円

原告の傷害の部位、程度、入通院の期間等諸般の事情を考慮すれば、原告に対する慰藉料としては二〇万円をもつて相当と認める。

12  弁護士費用 二〇万円

本件事案の内容、審理経過、認容額に照らし、原告が被告らに対し賠償を求めうる弁護士費用としては二〇万円が相当と認める。

四  更に、被告らの過失相殺の抗弁について判断する。

前掲乙第一〇ないし一二号証、同第一七号証の各記載によれば、原告は、本件事故当日東京築地の魚市場から寿司種の魚を仕入れ、これを被告車両に積載して自宅に帰る途中、本件事故現場手前約一〇〇メートルの地点に差しかかつた際、エンジンがオーバーヒートして被害車両が走行することができなくなつたため、ウインカーを出し右車両を左車線に寄せて道路左側端に駐車したこと、そして、原告は、自宅にいる妻に架電して自動車修理工場にけん引の依頼をしたところ、約一五分ほどしてけん引のための自動車が到着したので、被害車両の付近でけん引ロープを装着する作業をしていたところ、被害車両に衝突されたこと、本件事故現場は、東西線浦安駅南東約二キロメートルに位置し、東京湾を東京から千葉へ結ぶ国道三五七号線上の境川橋の橋梁上で、片側二車線の上下線で分離された道路であり、橋の頂上付近であること。右現場は、片側総幅員一二・五メートル、左側に四・四メートルの歩道を有し、交通はひんぱんであつて、駐車禁止の規制がされているが、被告小林の運転車両方向からの見とおしは前方、左方とも良好であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定の事実によれば、原告は、駐車禁止の道路に故障した被害車両を駐車させたとはいえ、被告小林が前方を注視して走行すれば、被害車両や原告に自車を衝突させることなく走行することができる道路状況にあつたというべきであるから、原告に損害賠償の額を定めるについて斟酌すべき過失があるということができず、被告らの過失相殺の抗弁は、採用の限りではない。

五  以上の次第で、原告の被告らに対する本訴請求は、被告らに対し二二八万〇三〇〇円及びこれに対する本件事故発生の後である昭和六〇年九月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容するが、その余は理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 塩崎勤)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例